Kranke
2015.05.20 発売
UKDZ-0164
自分がレビューを書くもうひとつの作品『My Song』を、何度も何度もリピートしてから、その次に聴いたのがこれだったもんで、「うわ、全然違う! 音がすっきりしてる!」と、驚いた。違っていてあたりまえなんだけど。その二作の間には、12年半の月日が流れてるんだから。初期と現在では当然変わったと言えるし、解散前と再結成以降では音の出し方やアレンジのしかた、曲の書き方が大きく変わった、という見方もできる。
『Kranke』。Syrup16g、2015年5月20日リリースのミニ・アルバム。
プログレみたいに次々と展開する曲展開(一回目はイントロとして鳴る箇所が、二回目に出てくるところでは歌メロが付いていたりする)の上に、メランコリックで流麗な歌メロが乗る「冷たい掌」。
『Kranke』というタイトルはこの曲から来ているのではないかと思わせる(「病名は無いが患者」というラインがある)「vampire’s store」。
タイトルどおりインタールードの曲で、ふたつの歌メロ(片方は歌詞がなくてもう片方はある)が、夢現のように重なる「songline(Interlude)」。
「諦めない僕にThank youを 諦めの悪い 青春を 迷う」というサビがとても強い、そして「沈み掛けたら もう手が付けられない 色の無い世界からしばらくは動けない」というあたり、五十嵐隆が自分のことを本当にそのまま歌っているんだなあと思わせる「Thank you」。
ギター2本(アコースティックとエレキ)の響きとよく動くベースラインとバタバタしたドラムのアンサンブルが耳に残る、そして歌詞はもう本当に頭から最後までキラーフレーズだらけの「To be honor」。以上の5曲が収録されている。

まず、東京・NHKホールで五十嵐隆がソロでライブをやると発表、フタを開けたらリズム隊は中畑大樹&キタダマキで実質syrup16gだったのが2013年5月8日。
正式に再結成してアルバム『Hurt』をリリースしたのが2014年8月27日。で、その1年ちょっと後にこの作品が出たので、「え? もう出るの? 」「というかちゃんと年に一回リリースしてツアーしてるじゃん!」と、その精力的な動きっぷりに驚いた記憶がある。その(シロップにしては)ハイペースな活動は、2017年11月のアルバム『delaidback』と、そのリリースツアーまで続くことになる。
というわけだったので、「五十嵐、調子いいのかなあ」とか思ったものだが、今聴き直すと、よりはっきりする。調子よかったんだわ、これはきっと。
アップダウンなく普通に淡々と暮らせさえすればそれでいいのに、どうにもそれがかなわない苦しさ。わかり合えない、通じ合わない、共有できないという、ディスコミュニケーションのいかんともしがたさ。どうしても変わることができない、何かをあきらめたり捨てたりすることができない自分へのいらだち。その他いろいろ。
といった、五十嵐隆の抱える生きづらさがsyrup16gの表現の源になっている、というのは誰の耳にも目にもあきらかだが、それをキャッチーに、切れ味鋭く、コンパクトに。わかりやすく描くことに成功している。という点で、それ以前の数々の作品たちと並べてみても、かなり上の方じゃない、これ? と言いたくなる5曲に仕上がっている。
その上で、自分を完璧に描ききった、というだけに留まらず、自分を描くことがそのまま今の世の中・今の時代を描くことにもつながっている。
そんなことができている、ということは、調子よかったんじゃないか。と思うわけです。
「未来」「青春」「寄り添って」みたいな、ポップ・ミュージックの歌詞として昔から使われ続けてきた言葉を用いて、こんなに新鮮な、かつて誰も描いたことのない感覚の歌を生み出しているあたりに、特にそう感じる。
構成はややこしいのに甘いメロディ。イントロからAメロへのつなぎや、サビからAメロに戻る流れに、飛躍がある。サビのあとにもう一発(曲によっては二発)メロディが来る。といった、syrup16g特有のポイントを、「songline(Interlude)」以外の4曲のどれもが備えているあたりにも、そう感じる。

余談。ツアーの物販で、黒字に白でデカデカと漢字のプリントを入れるTシャツをsyrup16gはよく作るが、この作品の時は「患者」だった。ホール・ツアーで、季節は夏で、東京公演は渋谷のNHKホール2デイズだった。ライブが終わり、このTシャツを着たお客さんたちが、公園通りを渋谷駅に向かってゾロゾロ歩いて行くさま、とても異様だったのをよく憶えています。


兵庫慎司

青いラッコ へ返信する コメントをキャンセル

CAPTCHA


“Kranke”のレビュー

  1. このアルバムについて、雪解けで増水した川を見ながら散歩するときにオススメだと友人に言ったら、よくわからないと言われました。でもそんな感じです。

  2. Thank youを車で聞くと、必ずと言っていい程歌ってしまいます。そして必ず「諦めろ」のコーラスに専念してしまいます。何故か物凄くコーラスを歌いたくなる、疾走感ある曲。

  3. 私はクーデターのリリース直後ぐらいの時期にシロップを知って、
    解散直前の、擦り切れるような雰囲気のライブも生で拝見させていただいたりして、
    それはそれですごく私の胸にぐっと響いて、大好きだったんですけれど。
    再結成後のsyrup16gの楽曲やライブパフォーマンスに、
    何というか、「憑き物が落ちたみたいだ」という感覚があるんです。(あくまでも私個人の感想なんですけれど……)

    「解散前の雰囲気をなぞる」っていうのじゃなくて、
    あくまでも過去は過去、今は今で、現在に対して新たに挑戦をしているような、そういうミニアルバムなのかなという印象を私は持ちました。

    なんか、幕の内弁当みたいなミニアルバムだなって思っています。
    ご飯の横には肉もののおかずやら、魚もののおかずやら、たまごやら野菜やら箸休めやらがあって、
    「どれがメインです!」っていうわけではないんだけれども、
    どれも美味いし、どれも無くては物足りない。

    私には特に「Thank you」のコードの変遷が目まぐるしくて面白くて、カセットテープだったらとっくに擦り切れていただろうというぐらい何度も何度も聴いて、ギターで弾いて、まねをしました。

    また、「To be honor」の
    「泣いてるひとの傍で寄り添ってたい、ずっとそんなひとなのに」
    それを本当に体現してきたのがsyrup16gだと私は思いますし、だからこそとてもグッと来ました。

    ものすごく余談なのですが、
    私はジャケットのまるい背景は「マッシュルームの写真を加工したものではないか」と想像しております。

  4. 私が初めてsyrup16gに出会ったのはふとYouTubeで目にした冷たい掌でした。ゆるやかなメロディとダウナーでもどこか温かみを感じる声、Cメロで一気に転換する曲調、どこをとっても完璧な一曲でした。高校時代社会や人生や音楽さえ嫌悪感を覚えどうにもならなかった時期、なぜかsyrup16gだけは何の抵抗感もなく心に入ってきました。ずっと糖蜜の中を漂うような、否定も肯定もせずただ隣に居てくれるsyrup16gこそ私の希望であり、これから先も誰かの救世主であり続けると思っています。

    こんな名曲を産み出してくれてありがとう。

  5. 慌ただしく職場を出て、車を走らせていた夕暮れ時、カーラジオから流れてきたのは「冷たい掌」でした。
    様々な変化を経て、いつしか狭い世界しか見えなくなり、音楽にも耳を傾けることのない生活になっていました。それこそsyrup16gを聴いたのは10年振りでしたが、すぐ、この人達の曲だと思いあたりました。
    初めて聴くこの曲は、車のラジオということもあって歌詞は聞き取れず、曲の感じだけが心を漂っていました。優しく打ち寄せてくる波のように心地良く、急いでいたのに、立ち止まってみようと思わせられたのです。
    どんな困難でもあきらめないこと、前向きに頑張ること、いいじゃん、悪くないさ。
    でも、ダメな自分にも微笑んであげても良いんだと知ったとき、隠してた自分の弱さに気づいて、自分には何もないと知ってしまったんだけど、ゆらゆら目の前に希望がちゃんと微かにあって、それは信じられると今も信じています。
    冷たい掌は、良い事も悪い事も行ったり来たりしながら流れされていくけど、それもまた人生、それでも美しいと思わせられる一曲です。
    このミニアルバムの全曲が大好きなのですが、長くなったのでここで終わります。